日記、雑記
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今回は京煎堂というところの薄焼き煎餅。たくさん種類があったのだが、

と見た目はこんな感じ。他に「ゴマ味噌」、「レモン」、「桜」などがあった。
これが横から見たところ(ゴマ味噌味)。煎餅というよりサブレだね。何故かうめ和風サブレだけサブレと書いてあるが、他の味の裏を見ると煎餅と書いてある。謎だ(笑)
食べた感じとしては、東ハトのハーベストに似ている。あれよりももっと軽く、かつ上品な味。お茶や梅、ゴマ味噌などはある程度想像がつくし、予想通りの味だった。しかし、私が一番美味しいと思ったのは、意外にも「桜」(写真がないのが悔やまれる・・・スミマセン)。見た目はそれほど鮮やかな色はしていないが、逆にそれでヘンなもので色付けしていないことが分かる。そして肝心の味だが、桜の塩漬けの味なのだろう、程よい塩気とよい香りがして不思議と美味しかった。一口食べてみて、「桜餅の味がする」と思った(笑)
気になってHPを見ると、この煎餅を使った生菓子があるらしい。煎餅で柚餡・小倉餡・栗餡を挟んだもので、「菜宝楽」というものだ。他にも「御縁の桜」というのも美味しそう・・・。
京煎堂のHPはコチラ
と見た目はこんな感じ。他に「ゴマ味噌」、「レモン」、「桜」などがあった。
食べた感じとしては、東ハトのハーベストに似ている。あれよりももっと軽く、かつ上品な味。お茶や梅、ゴマ味噌などはある程度想像がつくし、予想通りの味だった。しかし、私が一番美味しいと思ったのは、意外にも「桜」(写真がないのが悔やまれる・・・スミマセン)。見た目はそれほど鮮やかな色はしていないが、逆にそれでヘンなもので色付けしていないことが分かる。そして肝心の味だが、桜の塩漬けの味なのだろう、程よい塩気とよい香りがして不思議と美味しかった。一口食べてみて、「桜餅の味がする」と思った(笑)
気になってHPを見ると、この煎餅を使った生菓子があるらしい。煎餅で柚餡・小倉餡・栗餡を挟んだもので、「菜宝楽」というものだ。他にも「御縁の桜」というのも美味しそう・・・。
京煎堂のHPはコチラ
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虎屋ういろの「栗ういろ」を食べた。虎屋と言っても羊羹の方ではない・・・紛らわしいが。

これがその栗ういろ・・・見た目も栗羊羹みたいで紛らわしい(笑) 伊勢の方の会社らしい。ういろ専門で、季節限定のものも含めると35種類くらいあるらしい。全部制覇するのは大変だな・・・。
味は文句なく美味しい。ここのういろは米粉ではなくて小麦粉を使っているらしく、普通のういろとはまた違った食感が楽しめる。今度は季節限定ものも食べてみたいな、と思った。
参考までに「虎屋ういろ」のHPはコチラ
これがその栗ういろ・・・見た目も栗羊羹みたいで紛らわしい(笑) 伊勢の方の会社らしい。ういろ専門で、季節限定のものも含めると35種類くらいあるらしい。全部制覇するのは大変だな・・・。
味は文句なく美味しい。ここのういろは米粉ではなくて小麦粉を使っているらしく、普通のういろとはまた違った食感が楽しめる。今度は季節限定ものも食べてみたいな、と思った。
参考までに「虎屋ういろ」のHPはコチラ
今回は食べ物ではなくて、飲み物である。戸棚を開けたらこんなものが出てきた。

なんとなく怪しげなティー・バッグ。マンゴー・ティー? 美味いのだろうか・・・。いちおうスリランカ産。そもそも我が家は皆コーヒー派なので、わざわざ買うことはないはずだから、貰い物だろう。物は試し、飲んでみることにしよう。
で、こんなんでました。
紅茶を飲み慣れないせいで、どのくらいの濃さにしたら良いのか未だに分からないのだが(笑) それはともかく、見た目はごく普通の紅茶。しかし湯気と共にたしかにマンゴーらしい香りが漂ってくる。
少々不安を覚えながら一口飲んでみる。うむ・・・味も素っ気もない(笑) ただ後味としてマンゴーの癖のある匂いが残る・・・。少なくとも紅茶の風味は完全に消されている(笑) これは・・・う~ん・・・。
そういえばスリランカの首都は、スリジャヤワルダナプラコッテというやたらと長い名前だった・・・と何故か思い出した(笑)
なんとなく怪しげなティー・バッグ。マンゴー・ティー? 美味いのだろうか・・・。いちおうスリランカ産。そもそも我が家は皆コーヒー派なので、わざわざ買うことはないはずだから、貰い物だろう。物は試し、飲んでみることにしよう。
紅茶を飲み慣れないせいで、どのくらいの濃さにしたら良いのか未だに分からないのだが(笑) それはともかく、見た目はごく普通の紅茶。しかし湯気と共にたしかにマンゴーらしい香りが漂ってくる。
少々不安を覚えながら一口飲んでみる。うむ・・・味も素っ気もない(笑) ただ後味としてマンゴーの癖のある匂いが残る・・・。少なくとも紅茶の風味は完全に消されている(笑) これは・・・う~ん・・・。
そういえばスリランカの首都は、スリジャヤワルダナプラコッテというやたらと長い名前だった・・・と何故か思い出した(笑)
ヘンリー・ジェイムズの長編『大使たち』を読書中。
短篇集を一冊読んだだけで無謀にも長編(しかも上下巻)に手を出してしまったことが、吉と出るか凶と出るかはまだわからない。しかし同じ上下巻でも先日読んだ『アイヴァンホー』よりは時間がかかるであろうことは確実だろう。現在は150ページくらいだから、上巻のちょうど3分の一を読み終えたことになる。
さて内容についてはちゃんと読み終えてから書かねばならないが、少し文体などについて述べてみたいと思う。まず、一文が長い。とはいえ『最後の晩餐の作り方』(ジョン・ランチェスター)に比べればまだマシだ。しかし文章も長いが一つの段落も長い。平気で3~4ページは続く。つまりページのほとんどが字で埋まっているわけで・・・。
ヘンリー・ジェイムズの作品の中でも『大使たち』は、「視点の技法」が効果的に使われているとされる。と言っても英文学をやっていない人には「視点の技法」なんて言葉に馴染みはないと思う。親切なことにこの岩波文庫の『大使たち』の下巻には、これに関する解説がされているようだが(無論、まだ読んでいないが)ごく簡単に解説(というほどのものではないが)したいと思う。
例えばAとBという二人の人物がいて会話をしているとしよう。そしてAは(当然ながら)自分が考えていること、感じたことは分かる。しかしBの心の中については、彼の言動や行動などから想像するしかない。これが「視点の技法」のお約束である。つまり小説内の視点を固定してしまうのだ。『大使たち』に限って言えば、この小説は主人公のストレザーの視点からのみ描かれている。こういうと何でもないことのようだが、一般的な小説はこうなっていないのが普通である。ここで誤解しないでもらいたいのだが、この『大使たち』は主人公の一人称で書かれているわけではない。語り手はちゃんと別にいるのである。主人公と同一ではないが、ごく近いところ(訳者は「影のように寄り添って」と上手いことを言っている)にいるのだ。「意識の流れ」に近いものがあるかもしれないが、あくまでもこの作品では主人公の意識が中心だ。
長くなったので続きは次回・・・。
短篇集を一冊読んだだけで無謀にも長編(しかも上下巻)に手を出してしまったことが、吉と出るか凶と出るかはまだわからない。しかし同じ上下巻でも先日読んだ『アイヴァンホー』よりは時間がかかるであろうことは確実だろう。現在は150ページくらいだから、上巻のちょうど3分の一を読み終えたことになる。
さて内容についてはちゃんと読み終えてから書かねばならないが、少し文体などについて述べてみたいと思う。まず、一文が長い。とはいえ『最後の晩餐の作り方』(ジョン・ランチェスター)に比べればまだマシだ。しかし文章も長いが一つの段落も長い。平気で3~4ページは続く。つまりページのほとんどが字で埋まっているわけで・・・。
ヘンリー・ジェイムズの作品の中でも『大使たち』は、「視点の技法」が効果的に使われているとされる。と言っても英文学をやっていない人には「視点の技法」なんて言葉に馴染みはないと思う。親切なことにこの岩波文庫の『大使たち』の下巻には、これに関する解説がされているようだが(無論、まだ読んでいないが)ごく簡単に解説(というほどのものではないが)したいと思う。
例えばAとBという二人の人物がいて会話をしているとしよう。そしてAは(当然ながら)自分が考えていること、感じたことは分かる。しかしBの心の中については、彼の言動や行動などから想像するしかない。これが「視点の技法」のお約束である。つまり小説内の視点を固定してしまうのだ。『大使たち』に限って言えば、この小説は主人公のストレザーの視点からのみ描かれている。こういうと何でもないことのようだが、一般的な小説はこうなっていないのが普通である。ここで誤解しないでもらいたいのだが、この『大使たち』は主人公の一人称で書かれているわけではない。語り手はちゃんと別にいるのである。主人公と同一ではないが、ごく近いところ(訳者は「影のように寄り添って」と上手いことを言っている)にいるのだ。「意識の流れ」に近いものがあるかもしれないが、あくまでもこの作品では主人公の意識が中心だ。
長くなったので続きは次回・・・。
