日記、雑記
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前回の続き。前回書いたように、この稲城というものは何度か登場しているが、その実態についてはよくわかっていない。研究者は「当時の日本に城郭がなく、木柵を用いていた」と述べることで、お茶を濁している。垂仁天皇記には、この稲城は「稲を積み上げた」ものであると書かれている。しかし前回述べた3例では、この「稲を積み上げた」(稲穂なのか稲藁なのかわからないが)稲城は、圧倒的な戦力を持った攻めてをはねのけているのである。よくよく考えてみれば、稲を積み上げただけのものが、それほど有効な防壁となりうるとは考えにくい。
関裕二氏はこの稲城は物理的な防御手段ではなく、呪術的な性質をもったものなのではないか、と主張している。それ故に攻撃軍はその攻撃を阻まれたのであり、そしてその呪術を打ち破るためには対抗する呪的手段(火や厩戸皇子=童子=鬼など)によって打ち破らねばならず、そして稲城が崩壊してしまうと守備側はあっさりと駆逐されてしまったのではないか。
しかし稲が祟るという話はちょっとピンとこないだろう。稲で連想する祟りといえば稲荷だが、そもそも稲荷神が農業神としての性質の他に、金属神としての性質も指摘されており、全国にあまたある稲荷神社のすべてが必ずしも同じものとは考えられないことからも、この件には関係がないようだ。しかも稲荷神が伏見大社に祀られたのが欽明天皇の頃というから、時期的に前の2例は当てはまらない。このことに関して、関氏は稲の特性、水の中から生えてくること、から水の呪術との関わり推理している。水は呪いや祟りとは非常に 深い関わりがある。
稲城に関しては断片的な記述以上のことは不明という他なく、果たしてどのような形状のものであったのかは分かっていない。しかしそれが物理的な防御手段ではなかったという説には、説得力があると私は思っている。
関裕二氏はこの稲城は物理的な防御手段ではなく、呪術的な性質をもったものなのではないか、と主張している。それ故に攻撃軍はその攻撃を阻まれたのであり、そしてその呪術を打ち破るためには対抗する呪的手段(火や厩戸皇子=童子=鬼など)によって打ち破らねばならず、そして稲城が崩壊してしまうと守備側はあっさりと駆逐されてしまったのではないか。
しかし稲が祟るという話はちょっとピンとこないだろう。稲で連想する祟りといえば稲荷だが、そもそも稲荷神が農業神としての性質の他に、金属神としての性質も指摘されており、全国にあまたある稲荷神社のすべてが必ずしも同じものとは考えられないことからも、この件には関係がないようだ。しかも稲荷神が伏見大社に祀られたのが欽明天皇の頃というから、時期的に前の2例は当てはまらない。このことに関して、関氏は稲の特性、水の中から生えてくること、から水の呪術との関わり推理している。水は呪いや祟りとは非常に 深い関わりがある。
稲城に関しては断片的な記述以上のことは不明という他なく、果たしてどのような形状のものであったのかは分かっていない。しかしそれが物理的な防御手段ではなかったという説には、説得力があると私は思っている。
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先日、多摩川の河川敷で火災が発生したとのニュースを見たのだが、その時ふと気になる地名を見かけた。東京都稲城市。東京近郊に住んでいる方には珍しくもなんともないだろうが、地方在住者の私はその地名を知らなかった。どうやらこれはイナギと濁って発音するらしいのだが、私はこれをイナキと読んでしまった。というのもこの稲城(イナキ)は記紀に出てくる言葉だからだ。しかしながらこの東京の稲城は、明治に稲城村が誕生した際にできた地名で、はっきりした由来は不明らしく、中世に当地を治めていた稲毛氏に由来する説、良質な米の産地で周囲に山城跡が存在するからという説があるようだ。後者の意見はどうもこじつけ臭いが、前者の稲毛→稲城もちょっと無理があるような気もする。ともかく記紀のイナキとはあまり関係がないようだ。しかし、ついでなのでイナキのことを少し書きたいと思う。
まず稲城が登場するのが『古事記』の垂仁天皇記である。時は垂仁天皇四年。垂仁天皇(第十一代)の皇后は狭穂姫といい、開花天皇(第九代)の孫に当たり、兄に狭穂彦王がいた。狭穂彦王には野心があり、妹に天皇の暗殺を命じた。狭穂姫は断りきれずに短剣を受け取ってしまった。翌年、行幸先で狭穂姫は天皇に膝枕をしていた。殺害の絶好の機会であったが、狭穂姫は思い切ることができずに涙を流し、それが垂仁天皇の顔に零れ落ちた。天皇は驚いて起き、「小さな蛇が自分の首に巻き付いていたが、狭穂の方向から大雨が降ってきて顔を濡らし、眼を覚ました」と言った。すると観念した狭穂姫は短剣を差し出し、これまでの経緯を告白した。天皇は驚きながらも彼女を許し、狭穂彦王には兵を差し向けた。狭穂彦王もまた兵を挙げ、稲を積み上げて城を築いた。これを稲城といい、天皇の軍の攻撃を月が変わっても耐え続けた。狭穂姫は兄と夫の争いを嘆き悲しみ、自らもその子を連れて稲城の中に入ってしまった。天皇はなんとか后と子を取り戻そうとしたがかなわず、天皇軍は稲城に火を放った。炎に包まれる稲城から、狭穂姫は「自分がここに入れば兄も許されるのではと思ったがかなわなかった。自分にも罪がある」と言い、天皇に子を託すと炎に包まれた稲城へと戻っていった。
次に稲城が現れるのは雄略天皇(第二十一代)の時代だ。古代史上でもまれに見る暴君で、ライバルの皇位継承者を次々と殺害し、邪魔者は攻め滅ぼし、『日本書紀』に「大(はなはだ)悪しくまします天皇なり」と書かれてしまう人物である。詳細な経緯は省略するが、根使主という人物が稲城を築いて天皇軍と戦い、滅ぼされたとある。
とここまではいまいちピンとこない人も多いと思うのだが、次に現れるのは、もっと歴史上の事件としてはっきりしている場面で登場する。それは仏教導入を巡って、崇仏派と排仏派が激しく争っていた時であった。崇仏派の蘇我馬子と厩戸皇子(聖徳太子)を含む皇族の軍は、排仏派の代表格であった物部守屋の館を攻めた。この時、物部守屋は稲城を築き、激しく抵抗して崇仏派の軍は三度退けられたという。この時、厩戸皇子が霊木で四天王像を彫り、勝利すれば寺を建てることを誓って攻め寄せると、仏の加護によって物部守屋の軍は自壊していったという。
長くなったので続きは次回(笑)。
まず稲城が登場するのが『古事記』の垂仁天皇記である。時は垂仁天皇四年。垂仁天皇(第十一代)の皇后は狭穂姫といい、開花天皇(第九代)の孫に当たり、兄に狭穂彦王がいた。狭穂彦王には野心があり、妹に天皇の暗殺を命じた。狭穂姫は断りきれずに短剣を受け取ってしまった。翌年、行幸先で狭穂姫は天皇に膝枕をしていた。殺害の絶好の機会であったが、狭穂姫は思い切ることができずに涙を流し、それが垂仁天皇の顔に零れ落ちた。天皇は驚いて起き、「小さな蛇が自分の首に巻き付いていたが、狭穂の方向から大雨が降ってきて顔を濡らし、眼を覚ました」と言った。すると観念した狭穂姫は短剣を差し出し、これまでの経緯を告白した。天皇は驚きながらも彼女を許し、狭穂彦王には兵を差し向けた。狭穂彦王もまた兵を挙げ、稲を積み上げて城を築いた。これを稲城といい、天皇の軍の攻撃を月が変わっても耐え続けた。狭穂姫は兄と夫の争いを嘆き悲しみ、自らもその子を連れて稲城の中に入ってしまった。天皇はなんとか后と子を取り戻そうとしたがかなわず、天皇軍は稲城に火を放った。炎に包まれる稲城から、狭穂姫は「自分がここに入れば兄も許されるのではと思ったがかなわなかった。自分にも罪がある」と言い、天皇に子を託すと炎に包まれた稲城へと戻っていった。
次に稲城が現れるのは雄略天皇(第二十一代)の時代だ。古代史上でもまれに見る暴君で、ライバルの皇位継承者を次々と殺害し、邪魔者は攻め滅ぼし、『日本書紀』に「大(はなはだ)悪しくまします天皇なり」と書かれてしまう人物である。詳細な経緯は省略するが、根使主という人物が稲城を築いて天皇軍と戦い、滅ぼされたとある。
とここまではいまいちピンとこない人も多いと思うのだが、次に現れるのは、もっと歴史上の事件としてはっきりしている場面で登場する。それは仏教導入を巡って、崇仏派と排仏派が激しく争っていた時であった。崇仏派の蘇我馬子と厩戸皇子(聖徳太子)を含む皇族の軍は、排仏派の代表格であった物部守屋の館を攻めた。この時、物部守屋は稲城を築き、激しく抵抗して崇仏派の軍は三度退けられたという。この時、厩戸皇子が霊木で四天王像を彫り、勝利すれば寺を建てることを誓って攻め寄せると、仏の加護によって物部守屋の軍は自壊していったという。
長くなったので続きは次回(笑)。
噂には聞いていたがなかなか食べる機会がなかった(お高いし・・・)横浜チョコレートのバニラビーンズのショーコラを食べた。といっても実際に食べたのは昨年の11月末~12月頃で、サボリにサボってここまでずれ込んでしった(笑)。
さっきも述べたように、このショーコラ、ちとお高い。単品で368円というから下手するとショートケーキよりも高い(3かける5cm程度の大きさで・・・)。しかしたまたまサイトを眺めていたらお試しセットのような、たいへんお得なものを見つけたので購入したというわけだ。6個入り(マイルドカカオ×2、リッチミルク×2、カフェプレミアム×2)で1980円(送料込み)だからかなりお得。しかもオランジュ(368円)が1個おまけで付いてきた。いやぁ、もうけもうけ。
で味のほうだけれど、やっぱりお高いだけのことはあるね。チョコの味が違う(安いチョコもあれはあれで好きだけれど・・・)。高いと思って食べると余計に美味しく感じられるから不思議(笑)。甘さがしつこくなく上品で、カカオの香りがとても感じられた。やはり3種類ではマイルドカカオが1番かなと思ったが、カフェプレミアムもなかなか美味しかった。コーヒー味のチョコって甘過ぎるとあまり好きじゃないんだけれど、これはコーヒーの苦味と香りがほどよくチョコとマッチしていて美味しかった。

また今度買ってみよう。・・・・・・・・・特売の時に(おひ)
さっきも述べたように、このショーコラ、ちとお高い。単品で368円というから下手するとショートケーキよりも高い(3かける5cm程度の大きさで・・・)。しかしたまたまサイトを眺めていたらお試しセットのような、たいへんお得なものを見つけたので購入したというわけだ。6個入り(マイルドカカオ×2、リッチミルク×2、カフェプレミアム×2)で1980円(送料込み)だからかなりお得。しかもオランジュ(368円)が1個おまけで付いてきた。いやぁ、もうけもうけ。
で味のほうだけれど、やっぱりお高いだけのことはあるね。チョコの味が違う(安いチョコもあれはあれで好きだけれど・・・)。高いと思って食べると余計に美味しく感じられるから不思議(笑)。甘さがしつこくなく上品で、カカオの香りがとても感じられた。やはり3種類ではマイルドカカオが1番かなと思ったが、カフェプレミアムもなかなか美味しかった。コーヒー味のチョコって甘過ぎるとあまり好きじゃないんだけれど、これはコーヒーの苦味と香りがほどよくチョコとマッチしていて美味しかった。
また今度買ってみよう。・・・・・・・・・特売の時に(おひ)
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。このブログは今年もまたゆるゆると更新していきたいと思っています。
さてお正月といえば年賀状ですが、その中にちょっと変わったものが紛れ込んでいました。

これはなんと岸部一徳さんじゃあありませんかっ(笑)
そういえば昨年末に缶コーヒーのWONDAのキャンペーンに応募してたっけ・・・、忘れてたよ。そのキャンペーンはWONDAのCMに出てくるワンダフル商事の方々から、抽選で10000名に年賀状が届くというものでした。そして届いたのが唐沢さんでもGACKTさんでもなく一徳さん(笑)。いや、一徳さん好きだからいいんですけど、なんだかウケました。
新年早々縁起がいい・・・のかなこれは。
さてお正月といえば年賀状ですが、その中にちょっと変わったものが紛れ込んでいました。
これはなんと岸部一徳さんじゃあありませんかっ(笑)
そういえば昨年末に缶コーヒーのWONDAのキャンペーンに応募してたっけ・・・、忘れてたよ。そのキャンペーンはWONDAのCMに出てくるワンダフル商事の方々から、抽選で10000名に年賀状が届くというものでした。そして届いたのが唐沢さんでもGACKTさんでもなく一徳さん(笑)。いや、一徳さん好きだからいいんですけど、なんだかウケました。
新年早々縁起がいい・・・のかなこれは。
今日は祖母の命日でお墓参りに行ってきた。昨日一昨日と雪が降ったので、ある程度予想はしていたものの、予想以上に凄いことになっていた。
まぁ見てよ、この雪・・・。

何せ入り口の坂を車が上れなくて、運転手以外が降りた上で、何度も試してようやく上れた有様だった。階段は半ば雪で埋もれ、上からは木から落ちてくる雪爆弾の攻撃である。そこまではまだ足跡があり、多少は歩きやすかったのだが、なんとか苦労しながら先へ進むとまったくの人跡未踏の地が目の前に・・・。しかも途中には手すりもない崖というトラップも・・・。
真っ白・・・。
ここまできたらもう引き返すという選択肢はない。ひたすら雪を掻き分けて進むのみである。その深さ約30cmである。お墓もすっぽり埋まっていたのであった。やれやれ、疲れた・・・。
すぐ近くの片倉家代々の墓所は場所がいいせいか雪をかぶっていなかった。
そしてまた帰りも雪の中を。足が冷えた・・・。
まぁ見てよ、この雪・・・。
何せ入り口の坂を車が上れなくて、運転手以外が降りた上で、何度も試してようやく上れた有様だった。階段は半ば雪で埋もれ、上からは木から落ちてくる雪爆弾の攻撃である。そこまではまだ足跡があり、多少は歩きやすかったのだが、なんとか苦労しながら先へ進むとまったくの人跡未踏の地が目の前に・・・。しかも途中には手すりもない崖というトラップも・・・。
ここまできたらもう引き返すという選択肢はない。ひたすら雪を掻き分けて進むのみである。その深さ約30cmである。お墓もすっぽり埋まっていたのであった。やれやれ、疲れた・・・。
そしてまた帰りも雪の中を。足が冷えた・・・。
