日記、雑記
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最近、勝手にフォークナー祭を開催中(といってもまだ2作目だけど)なのだが、こうして読んでみるとフォークナーという作家、なかなか面白い。やれ難解だの陰鬱だのと言われ、食わず嫌いされがちな彼であるが(笑) こうして読むきっかけとなった某N氏には感謝したい。もちろん皮肉だけれど。
さて同じく難解と言われ続けていることではフォークナーに引けをとらない、我らがヘンリー・ジェイムズ氏であるが、ここで試みに二人を比較してみたいと思う。(タイトルで大げさなことを言っているが内容の方には、期待しないように。)
まず彼らは共に難解だと言われているのだが、その難解さについて、読んだことのない読者から大きな誤解を受けているような気がする。その難解さは例えば一読では理解しがたい高邁な思想を弁じたてているとか、あるいは衒学的な、ある分野の膨大な知識をまくし立てているとか、そういうことではないのでる。それでは何が難解なのか、というとそれは曖昧さにあるのではないか。もっとも、私などは後者のようなものを難解とはとらえないのだが・・・。両者に共通するのは、独特の視点で描かれているという点である。(注:ここではフォークナーは『響きと怒り』『死の床に横たわりて』、ジェイムズは後期の作品を念頭に置いている)
まずジェイムズであるが、ジェイムズと言えば視点の技法ということで、それまでの神の視点から脱却した独特の視点が特徴だ。それは一人の人物の視点に固定して描くということで一人称で描かれる小説に似ているが、ジェイムズの場合はあくまでも三人称で書かれており、語り手は視点人物のそばに影のように寄り添っている。
一方でフォークナーの上記の作品の内、『響きと怒り』では第一部から第三部までそれぞれ異なる人物の視点から描かれている。それも白痴、自殺志願者、俗物という全く異なる人物たちである。その発展なのか『死の床に横たわりて』では数人の登場人物たちの視点が、比較的短い間に入れ替わり立ち代り現れる。例えばAの視点で語り、続いてBの視点、次はCの視点、次はまたBの視点・・・というような感じで、それぞれの前には視点となる人物の名が明記されている。この表現法は物語の全体の状況が見えにくい。というのもAの視点からBの視点に移った時、必ずしも時間が連続しているわけではなく、時に重複し、時に間を飛ばし、時に逆戻りしているからだ。
ジェイムズは視点を一つに固定したことによって曖昧さが現出した。一方でフォークナーは視点を分散し、物事を様々な視点から描くことで曖昧さが現れた。
では結局のところ、彼らの難解さとは何なのか? ペダンチックな難解さを、ある種一方的な、読者から見れば受動的な難解さであるとすれば、彼らの難解さは能動的な、読者に想像し考えることを要求する難解さなのではないか。前者がAという答えを提示するのに対し、後者はヒントやほのめかしを与えはするが受け取り方次第でどんな風にでもとれる。それ故に後者の感想は、読者によって十人十色、千差万別のものになりがちだが、それはけして間違いではないのだと思う。
と思いつきを長々と書いてはみたものの、あまり参考になどしないように(笑) 要するにジェイムズが好きだし、フォークナーも思ったよりいいじゃないかということで・・・。
さて同じく難解と言われ続けていることではフォークナーに引けをとらない、我らがヘンリー・ジェイムズ氏であるが、ここで試みに二人を比較してみたいと思う。(タイトルで大げさなことを言っているが内容の方には、期待しないように。)
まず彼らは共に難解だと言われているのだが、その難解さについて、読んだことのない読者から大きな誤解を受けているような気がする。その難解さは例えば一読では理解しがたい高邁な思想を弁じたてているとか、あるいは衒学的な、ある分野の膨大な知識をまくし立てているとか、そういうことではないのでる。それでは何が難解なのか、というとそれは曖昧さにあるのではないか。もっとも、私などは後者のようなものを難解とはとらえないのだが・・・。両者に共通するのは、独特の視点で描かれているという点である。(注:ここではフォークナーは『響きと怒り』『死の床に横たわりて』、ジェイムズは後期の作品を念頭に置いている)
まずジェイムズであるが、ジェイムズと言えば視点の技法ということで、それまでの神の視点から脱却した独特の視点が特徴だ。それは一人の人物の視点に固定して描くということで一人称で描かれる小説に似ているが、ジェイムズの場合はあくまでも三人称で書かれており、語り手は視点人物のそばに影のように寄り添っている。
一方でフォークナーの上記の作品の内、『響きと怒り』では第一部から第三部までそれぞれ異なる人物の視点から描かれている。それも白痴、自殺志願者、俗物という全く異なる人物たちである。その発展なのか『死の床に横たわりて』では数人の登場人物たちの視点が、比較的短い間に入れ替わり立ち代り現れる。例えばAの視点で語り、続いてBの視点、次はCの視点、次はまたBの視点・・・というような感じで、それぞれの前には視点となる人物の名が明記されている。この表現法は物語の全体の状況が見えにくい。というのもAの視点からBの視点に移った時、必ずしも時間が連続しているわけではなく、時に重複し、時に間を飛ばし、時に逆戻りしているからだ。
ジェイムズは視点を一つに固定したことによって曖昧さが現出した。一方でフォークナーは視点を分散し、物事を様々な視点から描くことで曖昧さが現れた。
では結局のところ、彼らの難解さとは何なのか? ペダンチックな難解さを、ある種一方的な、読者から見れば受動的な難解さであるとすれば、彼らの難解さは能動的な、読者に想像し考えることを要求する難解さなのではないか。前者がAという答えを提示するのに対し、後者はヒントやほのめかしを与えはするが受け取り方次第でどんな風にでもとれる。それ故に後者の感想は、読者によって十人十色、千差万別のものになりがちだが、それはけして間違いではないのだと思う。
と思いつきを長々と書いてはみたものの、あまり参考になどしないように(笑) 要するにジェイムズが好きだし、フォークナーも思ったよりいいじゃないかということで・・・。
久々にミスドのオリジナル手帳「スケジュールン」を貰った。学生時代からけっこう重宝していたのだが、ここ数年は貰っていなかった(ミスドの景品は、売れ残りがお正月の福袋に入っていたりする)。で今回は何故かスヌーピーのスケジュールンだった。タイプは2種類でカラーがそれぞれ2色。私はシンプルな方のブラウンにした。
表紙
カレンダー部分
切り離せるメモその1
切り離せるメモその2
お約束のミスドクーポン券
以前に使っていたものより薄いけれど、書き込める部分は多くて使いやすいかも。11月から使えるのも嬉しい。150ptで交換だったかな。それと1000円でドーナツ7個と手帳のセットというのをやっているみたい。これ、7個にはパイとかも入れていいらしいのでけっこうお得かもしれない。
クーポン、期限切れにならないように使わないとな・・・
以前に使っていたものより薄いけれど、書き込める部分は多くて使いやすいかも。11月から使えるのも嬉しい。150ptで交換だったかな。それと1000円でドーナツ7個と手帳のセットというのをやっているみたい。これ、7個にはパイとかも入れていいらしいのでけっこうお得かもしれない。
クーポン、期限切れにならないように使わないとな・・・
いつも昼時に前を通った時、ちょっとした行列ができていたラーメン屋に行ってみた。開店間もない時間だったため、並ぶ必要はなかったが、それでも店内にはすでに数人がいた。
つけ麺がメインらしいので、私もそれにすることにして食券を買い、店員に渡すと
「中盛まで無料ですけど、どうしますか?」
と言うので、中盛にした。550gというからけっこう盛がいい。780円という値段から考えるとお得だと思う。正直言ってラーメンに900円以上出すのは気がひける。美味しいのなら出してもいいけれど、初めて行く店で外れた時の事を考えると・・・。
太麺だからだろう、やや時間がかかって出てきたのがこれだ。

つけダレにはけっこうな量のもやしが沈んでおり、上にはこれもまた大目の葱(好みで増やせるとの事)、チャーシュー、卵などが乗っている。タレは売りにしているだけあって濃厚だが、それでいて鰹節のだしがかなり効いているためか、よくある濃厚を売りにしている店に比べると、脂っこくなくてくどい感じがなく、最後まで美味しく食べられた。麺はうどん並みの太さでもちもちとした食感が良い。またつけダレはそのままでは濃すぎて飲むのはつらいのだが、卓上にスープの入ったポットがあり、〆ではそれで割って飲むことができる。蕎麦湯みたいなものかな。先ほど言ったように脂っこさがないので、飲んでも気持ち悪くなるようなことはないし、食後にもたれることもなかった。う~ん、これなら100円足して大盛(700g)にしても良かったかな? さらにその上に+200円の超大盛(1200g)というのがあり、さらにさらにチャレンジものとしてオケ盛なるものもある+500円で2kgだそうだ・・・。不可能ではなさそうだけど、帰りに歩き&電車で帰ることを考えるとちょっと・・・。盛が良いのもいいけれど、美味しく食べられるくらいの量がいいよね。こんど行ったら違う味も試してみようかな。
というわけで仙台のラーメン店 つけ麺「おんのじ」 の適当レポートでした(笑)。
つけ麺「おんのじ」のHPはコチラ
つけ麺がメインらしいので、私もそれにすることにして食券を買い、店員に渡すと
「中盛まで無料ですけど、どうしますか?」
と言うので、中盛にした。550gというからけっこう盛がいい。780円という値段から考えるとお得だと思う。正直言ってラーメンに900円以上出すのは気がひける。美味しいのなら出してもいいけれど、初めて行く店で外れた時の事を考えると・・・。
太麺だからだろう、やや時間がかかって出てきたのがこれだ。
つけダレにはけっこうな量のもやしが沈んでおり、上にはこれもまた大目の葱(好みで増やせるとの事)、チャーシュー、卵などが乗っている。タレは売りにしているだけあって濃厚だが、それでいて鰹節のだしがかなり効いているためか、よくある濃厚を売りにしている店に比べると、脂っこくなくてくどい感じがなく、最後まで美味しく食べられた。麺はうどん並みの太さでもちもちとした食感が良い。またつけダレはそのままでは濃すぎて飲むのはつらいのだが、卓上にスープの入ったポットがあり、〆ではそれで割って飲むことができる。蕎麦湯みたいなものかな。先ほど言ったように脂っこさがないので、飲んでも気持ち悪くなるようなことはないし、食後にもたれることもなかった。う~ん、これなら100円足して大盛(700g)にしても良かったかな? さらにその上に+200円の超大盛(1200g)というのがあり、さらにさらにチャレンジものとしてオケ盛なるものもある+500円で2kgだそうだ・・・。不可能ではなさそうだけど、帰りに歩き&電車で帰ることを考えるとちょっと・・・。盛が良いのもいいけれど、美味しく食べられるくらいの量がいいよね。こんど行ったら違う味も試してみようかな。
というわけで仙台のラーメン店 つけ麺「おんのじ」 の適当レポートでした(笑)。
つけ麺「おんのじ」のHPはコチラ
